悟りきれない俺は海を渡った。

悟りきれない悟り世代、23才。 バンクーバーで大学生をやっていましたが、本帰国しました。来春から不動産デベで就業開始予定。

日本叩きをする日本嫌いな日本人留学生達に物申す。あなたが本当に嫌いなのは日本なのか。

 

 

"あなたが本当に嫌いなのは、日本でも、日本人でもなく、あなたの日本人としてのアイデンティティ、あるいは日本人である、あなた自身ではなかろうか。" (まとめより)

 

目次

 

はじめに

元正規留学生の僕からすれば、日本人留学生はみんな仲間みたいなものだ。

色んなチャレンジを乗り越えながら、異国の地に根を張って逞しく生き延びてきた同志でもあると勝手に思っている。

 

それでも残念だなと思ってしまうのが、帰国してからとか留学中、さらには留学前にも日本の悪口を言い出してしまう人がいること。

  

今回は、日本人叩きをする日本人留学生達について書いてみようと思う。

 

1. 啓蒙家達

 一番まだ可愛らしいのが、一年ぐらいの交換留学で自称生まれ変わりを果たして、オンライン啓蒙活動に励みだす人達。

とりあえず#metoo movementに乗っかって、BLMが流行りだしたら黒い四角をインスタに上げてみる。

 

slacktivismの是非をここで問うつもりはない。

行動が大事という正論もきっと正しい。

しかし、自分の"ファッション"を他人へのマウントとして使うのはどうかと思う。

 

彼らは多少目に付くが、基本的に無害である。

 

一方で残念なのは、行動しないことは悪を認可しているのと同義だ、的なことを言い出してしまう人達。

とりあえずblack and white fallacyについてお勉強しようぜ、と思う。

 

西洋的な二極化思想で、全ての物事に白黒つけられるほど世界は単純じゃない。

 世の中には腐るほど色んな問題があって、あなたはその一つに着目しただけにすぎないのだ。

 

気候変動マーチに参加して、BLMのマーチに参加しなければ黒人差別主義者になるのか。

アフリカの子供のために募金をして、国内の災害救助のために募金しなければ非国民なのか。

 

ちゃうやろ。

 

自分達は常にグレーゾーンで、なんとか体裁整えながら生きている現実を忘れてはいけない。

 

2. 抗議活動家達

 

あとは薄っぺらい自称オンライン抗議活動家達。

 

いや、人権活動に熱心なのは素晴らしいことやけど、自分H&M着て、Nikeの靴履いてるやん。

 

ツッコミ待ち?

実はこれは高度なボケなん?

関西人としてそこはつっこまなあかんの?みたいな

 

一時IGのタイムラインを賑わせたBLM関連のストーリーも、もうほとんど見かけない。

たまに見かけても海外の友達のもので日本人のものではない。

 

 黒い四角をインスタにあげて、東京や大阪でマーチしたあとでも黒人の方は亡くなっている。

それでも今日、僕達は何事もなかったかのように、今日食ったものや、自分自身に関するどうでもいいことをストーリーに上げている。

それは"本場"の人達が特に大きなアクションを起こしておらず、自分達は所詮、彼らの追従者に過ぎないからではなかろうか。

 

それが絶対悪だとは僕は思わない。

世界を良くするための行動を起こすことは大切だ。

しかし、世界全体のマイナスなこと全部と向き合って生きていくのは無理がある。

 

ただ、"他人事"の問題をあたかも"自分達事"の問題かのように騒ぎ立て、さらにそれを周りの人間にも押しつけた挙句、最終的に自分も飽きて、それを"他人事"としてポイ捨てするのはいかがなものかと思う。

 

3. 教育専門家達

 

あと一番多いのは教育関係。

日本の教育はまじでクソ、日本の性教育は終わっている、日本の教育のせいで日本人がこんなんになってしまった、やっぱり海外の教育は進んでいる、もっと海外の教育を真似るべきだ等々。

 

確かに正しいし、僕も同じように感じる部分も多々ある。

でも、ちょっと待て。

 

日本の戦後教育の基になっている教育基本法は、敗戦国の日本がGHQ、つまりアメリカ様から押しつけられたものやで?

戦勝国アメリカ様に押しつけられた法律がベースの現在の日本教育をクソと呼び、そっからそのアメリカ様的な西洋教育を目指すのは皮肉すぎないか。

 

確かに日本の教育には、直すべきところがたくさんあると僕も思う。

しかし、アメリカ様のパクリでその問題は解決するのだろうか。

 

海外大でファンシーな教育学を学ぶのも悪くないが、もうちょっと目線を広げても良いのではないか、なんてひねくれたことも考えてしまう。

 

本当に賢くて真剣に教育について勉強されている方達が、上記のような薄っぺらいコメントをしているのは個人的に見た事がない。

 

4. アメリカ至上主義者達

 

さらに、アメリカ至上主義者達にも違和感を感じる。

 

"海外"ではBLMが盛んだから、let me teach you about the history of black peopleとか平気で言っちゃうし、「"海外"と比べて日本は、、」の文脈で使われる海外の多くがアメリカを指している。

 

いや、海外=アメリカはちゃうやろ。

 

小学生が「このおもちゃ、みんな持ってるから買って!」という時の"みんな"が、実際にはクラスの全員では無かったのと同じレベル。

 

 

確かにBLMのラリーは世界のあちこちに広がったが、それでも北米とヨーロッパ圏で行われたものが大半を占めている。

https://www.aljazeera.com/indepth/interactive/2020/06/mapping-anti-racism-solidarity-protests-world-200603092149904.html

 

 

この分布図は日本人がどこの国のことを、"海外"と思っているのかを反映しているようにも思う。

 

それと比べたいのが、こちらの気象変動に関するマーチの分布図だ。

https://www.kikonet.org/kiko-blog/2019-03-14/3394

 

http://www.labornetjp.org/news/2019/0920kokuti

一概に比較することは難しいが、こちらの方が"世界"の人が関心を持っている"世界的な"問題であることは一目瞭然だ。

 

黒人差別問題が気候問題と比べて大したことないと言っているのではない。 

 

しかし、この"海外"と"アメリカ"の、詐欺師まがいのすり替えはいかがなものだろうか。

そもそも黒人差別とpolice brutalityの問題もすり替えられているように感じるが、それに関してはここでは触れないでおく。

 

さらに自分がアメリカに住んでるなら、アメリカのことを知ってるのは当たり前だし、アメリカで起きていることに疎い日本人にマウントとるのも違うのではないか。

ハロウィンではシルバーバックのゴリラか、インディアンにキリスト教を押し付ける宣教師のコスプレでもしてんのかなと疑ってしまう。

 

「自分の周りには黒人がいないから実感がわかない」

「自分ごとの問題として捉えにくい」

といった日本人のコメントを批判している日本人留学生達を見てきたが、上図を見れば、むしろそちらの方が"グローバルスタンダード"なのではなかろうか。

 

黒人差別の歴史について学ぶのはもちろん大事だ。

しかし、これを"世界の問題"として、正論を振りかざしてマウントをとるのは、いささか乱暴な気がする。

 

でも、それはある程度仕方のない事なのかもしれない。

俺たち日本人はちっちゃい頃から、アメリカ=外国という価値観の中で生きてきたからだ。

実際、海外映画とか呼ばれているものの多くがアメリカのものだ。

 

洋画や洋楽の「洋」は西洋の洋であって、世界を指すわけではない。

しかし、実際僕らはこれらを海外の映画、海外の音楽とカテゴライズしてはいないか。

さらに外人といえば、基本的に白人のアメリカ人のことを指す場合が多いだろう。

僕はそうだったし、今も意識しなければそう考えてしまう。

 

そういう意味では、僕たちは無意識のうちにAmericanizedされていて、日本という国はAmericanization先進国なのだろう。

 

 

まとめ

ここまで結構ボロクソに書いてしまったが、そこそこ精細に書けるのは自分にも心当たりがあるからだ。

 

海外出てきてる時点で日本のどこかが嫌いな人が多いこともあるし、海外と日本を比べて日本の批判をしたくなるのも非常に分かる。

自分も実際に何回か特定の事項に関する批判はやったことある。

 

今だって「なんで駅でクレジットカード使われへんねん。遅れすぎやろ」とかぶつぶつ言っている。

 

別に特定の個人を批判するつもりはないし、みんな自分の意見があって良いと思う。

さらに、みんなそれぞれの人生のタイムライン上の違う場所にいるということもある。

 

みんな違ったバックグラウンドを持っていて、違う経験をしてきた。

それによって違う考えを持つのは当たり前のことだ。

 

ただ僕がどうしても気になるのは、自分が当たり前と思うことに"グローバル基準"という名の自分基準のラベルを勝手に貼り付けて、あたかも自分の意見が絶対的な正論かのように振りかざしてしまう留学生が多いことだ。

 

あなたは真の多様性を身に付けたのではなく、ただ単に違う国の価値観に影響を受けただけではないのか。

 

もっと深く踏み込めば、あなたが本当に嫌いなのは日本ではないのではなかろうか。

 

非常にセンシティブな問題なので慎重に議論したいところだが、日本人留学生、特に正規留学生の中には日本でネガティブな経験をしてきた人が非常に多い。

 

家族に問題があった、学校でいじめられた、自分のアイデンティティに関することで悩んでいた、日本社会で上手くやれなかった等々。

 

かくいう自分も日本でいじめられたことがあるし、日本の進学校で落ちぶれたことがきっかけで海外に出てきたような節もある。

お世辞にも日本でめっちゃ上手くやれていたとは言えないだろう。

(それでもやっぱり日本が好きで、日本に帰ってきたが笑)

 

というか、そもそも日本が心地良ければわざわざ膨大なリスクを背負って、正規留学をしようなどと血迷ったことを決断しないはずだ。

 

そういった意味では、日本人留学生の多くが"外れ組"や"イカれポンチ"であるのは、むしろ当たり前なことなのだ。

 

平和な野原で楽しくピクニックできる人間は、超高額な料金を支払って、線路の先が見えないセーフティー装置なしのセンターオブジアースに飛び乗って宝石を探しに行くといった、とち狂った真似はしない。

 

正規留学生あるあるだが、「留学いいなー」「自分もしたかったなー」と言われるたびに違和感を感じる。

彼らは正規留学生の日常を知らないし、どれだけの留学生が途中で消えたり、ジャンクになったりするかもしれない。

 

そんな中で、正規留学生達が生き延びる意志を保つモチベーションの一つが「日本に帰りたくない」「まだ日本に帰れない」「日本にいるよりはマシ」「日本にいるク○野郎どもを見返したい」といったネガティブなものだったりするのだ。

 

世の中、綺麗事だけでは生きていけないし、正より強い負のパワーで乗り切ることで生き延びられることも多々ある。

 

しかし、そればかりに頼りすぎてしまって、自分の中のネガティブなパワーが強くなりすぎてしまって、その反動が"日本叩き"という形で出てきてしまうのは残念だと思う。

それでは根本的な問題はいつまでも解決しない。

 

あなたが本当に嫌いなのは、日本でも、日本人でもなく、あなたの日本人としてのアイデンティティ、あるいは日本人であるあなた自身ではなかろうか。

 

弱い自分を許せない、上手くやれない自分を許せない、親を許せない、社会を許せない、自分は悪くない、自分は正しい、こういった自分の中のドロドロと向き合って浄化することでしか前に進めないと僕は考える。

 

「全然関係ないやん」

「自分はそんなんちゃうし」

と思われる方も多いだろう。

実際そうなのかもしれない。

 

しかし、今一度考えて欲しい。

それはただの自己防衛的な反応ではないのか。

 

"正論"で人をぶった斬ろうとするのは、自分が正しいか分からないからではないか。

他人を責めたくなるのは、自分自身のことを自分で認められないからではないか。

他人を批判するのは、自分のことを認めて欲しいからではないか。

 

いくら日本を叩いても、自分の日本人としてのアイデンティティは消えない。

いくら日本人を批判しても、自分の中の日本人らしさは殺せない。

いくら"海外"の価値観を身に付けても、上辺だけの変化では意味がない。

 

メイクやファッションを変えたって、外人と付き合ったって、海外に移住したって、インスタの投稿を全部英語にしたって、自分自身に嘘は付けないのだ。

 

一番大事なのは自身のコアの部分だからだ。

 

まずは自分自身としっかりと向き合って、自分を許して、自分を認めてあげるべきなのではないかと僕は思う。

そうすることで、日本や日本人、そして自分自身への見方も変わってくるはずだ。

 

 

 

 

 

 

コロナ渦で海外大学(カナダ)の授業を一学期間、オンラインで日本から受けた感想。

長かった。。

先日ようやく、最後の課題を提出して四年間の大学の勉強を終えました。

今学期分の成績もとりあえず出て、卒業は問題なさそうでほっと一息。

あとは正式な卒業認可の通達を待つのみです。

 

四年間のまとめは、また卒業が正式に決まってから書く予定です。

なので今回は海外大学の授業をオンラインで、日本から一学期間受けてみた感想をシェアしたいと思います。

 

 

授業はどんな感じ?

授業の形態は大きく分けて、リアルタイムのライブ形式と録画された授業をそのまま見る形式の二つです。

僕の場合はメインの授業は全て録画で、チュートリアル (補講的なもの)はライブ形式でした。

 

友達はメインの授業もオンラインの授業だったようで、週に何回か朝の3時から6時までといった時間帯に起きて、授業を受けねばならず大変そうでした。。

 

しかし、録画式が楽かと言えば決してそうでもありません。

特に実地で受けてもつまらない教授の授業を、ビデオで何時間も見るのはしんどすぎます。

 

僕が海外大の授業で特に好きだったところは、ディスカッションやプレゼンでしたが、正直オンラインでは限界があります。

教授もそれを分かってか、僕が今学期取った授業では基本的にクラス内での会話によるディスカッションやプレゼンはありませんでした。

 

つまらない録画された授業を見て、Readingをこなし、ペーパーを書いてテストを受ける。。これが想像以上に辛いんです。

 

学生生活の変化は?

全部オンラインやったら超楽じゃね?って思いませんか。

僕も一瞬思ってましたが、その甘い考えは一瞬で吹き飛ばされました。

 

とりあえず課題が多いから頑張って勉強しなければいけないけど、学校に行くこともないので生活のペースが掴みづらい。

コロナの前でも、授業に行きたくないと思う日もありました。

しかし、行ったら行ったで気分も変わりますし、授業前や後に友達と会ったり勉強したり出来ます。

 

コロナ渦のオンライン留学ではそれも出来ません。

 

さらにコロナの関係もあって、必然的に勉強時間のほとんどを自宅で使うことになります。

家では勉強出来ない、友達と一緒じゃないと勉強出来ないといった人にはかなりキツイと思います。

 

また上記でも述べましたが、授業がオンラインの場合は生活リズムがめちゃくちゃになることは覚悟しておいた方がいいです。

あるいはかなりしっかり時差を計算して、無理のないスケジュールを組む必要があるでしょう。

 

オンライン"留学"ってぶっちゃけどうなん?

ぶっちゃけると、非常に高額な学費を払ってまでオンライン正規"留学"をする価値を見出すのは難しいと個人的に考えます。

 

現時点では、学校や教授側も慣れていなくて大変だというのは分かりますが、全体的に授業の質が非常に低くなってしまいました。

僕の周りでもオンライン移行後も、前と変わりないクオリティーの授業を受けられていると言う声は個人的には聞いたことがありません。

 

特に理系で研究室の使用が必要な科目などは、全てテストなどに置き換えられたと聞きました。

 

そんな授業でも授業費は変わりません。

学校側も急に値下げすることは不可能なので理解はしますが、納得は出来ません。

学校の設備を一切使ってないのに、支払う金額が変わらないのは文句を言いたくなりますよね。

 

さらに海外大に限った話ではありませんが、人との関わりがほとんどなくなってしまいます。

国内大学に行っていれば、例え授業はなくても友達と遊ぶことは出来ます。(この時期に集まることの是非はここでは触れません。。)

しかし、海外大に正規留学をしていて、急に帰国しても友達の大半は現地にいる、といった状況になってしまいかねません。

 

さらにこれからコロナ渦で、新入生時から海外の大学の授業をオンラインで受けるとなると、大学の友達が当分の間、0人になる可能性も非常に高いです。

 

もう既に正規留学している、今年からの進学が決まっている人は休学ぐらいしか選択肢が無いので頑張るしかないでしょう。

しかし、これから大学進学する皆さんはその辺りのリスクをどこまでとれるのかをしっかり考えることをおすすめします。

 

支え合う仲間がいても、四年間の正規留学はかなりチャレンジングです。

表立った話にはなりませんが、途中で消えていく日本人、外国人留学生もたくさんいます。

そして彼らのその後に関しては、話題にもなりません。

 

留学斡旋会社はこの時期でも留学を推してくるでしょう。

日本から受ければ費用を抑えられる、学校が再開すれば渡航できる等々。。

 

留学の素晴らしさを説き、夢を売るのが彼らの商売です。

彼らもビジネスなので、それについて言及するつもりはありません。

なんなら僕も高校の時、交換留学でお世話になったこともあります。

 

しかし、実際のところはどうなのかを自分でリアルな情報を集めることを強くおすすめします。

 

あなたが正規留学する目的は何ですか?

それはオンライン"留学"でも達成できますか?

現地の学生さんの話は聞きましたか?

どこまでリスクを取れますか?

 

留学に行きたいという気持ちが強いあまり、自分にとって不都合な情報を無意識的に避けていませんか?

 

先輩達の留学生活の話を聞いて、具体的な留学のイメージも掴めて留学を目指したくなる。

すごく分かります。

なぜならかつての僕もそうだったから。

 

しかし、皆さんがこれからするコロナ渦での留学は、彼らの留学生活とは大きく異なったものになるでしょう。

そしてそれだけは、実際にやってみないと分からないです。

 

さらに全額奨学金で行く場合を除いて、正規留学は家族にも非常に大きな金銭的負担をかけることになります。

中には自らお金を借りて、正規留学をする人もいるでしょう。

お金が有り余っているのでないなら、その使い道はしっかりと考える必要があります。

 

オンライン留学は、果たして自分にとって投資価値があるのか、リスクの取りがいがあるのかを今一度冷静に考え直してみてください。

 

正規留学は良くも悪くも必ずあなたの人生を大きく変えることになります。

 

僕は、今は全員が正規留学すべきではないと言っているのではありません。

近いうちに通常通りの対面式の授業が再開される可能性も十分にあるでしょう。

しかし、いつまた今回のような事態が起きるか分からないのも事実です。

 

このような現実も踏まえて、もう一度リアルな情報を手に入れて考え直す必要がある人も多いのではないかと思います。

 

一時情報こそが最強のリソースです。

そこで皆さんが納得できる進路選択をできますように、という願いを込めてこの記事を書きました。

是非、僕の他にも実際に現地でオンライン留学している人達の話も聞いてみてください。

いつから留学は再開できるの? カナダ正規留学生が考えるコロナとこれからの留学について。

こんにちは!

 

コロナも少し落ち着いてきましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

僕は来週、東京で内々定先の会社のイベントがあるのですが、コロナのせいで無くならないかヒヤヒヤしています。

未来の同期と会うのが楽しみなので、予定通り開催されると信じています。

がんばれ、東京民!笑

 

さて今回はコロナとこれからの留学について僕が考えることをシェアしていきたいと思います。

現在、留学中の方もこれから留学を検討されている方も是非読んでみてください。

 

 

コロナが留学生に与えた影響とは

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https://www.cnn.co.jp/usa/35155769.html

コロナウイルスは世界中に一気に広がって、多くの人々の生活に大きな影響を及ぼしています。

僕たち留学生も多大なる影響を受けました。

 

交換留学を予定していた人達は皆キャンセルされましたし、留学中の日本人もほとんどが帰国したのではないでしょうか。

僕もカナダにいたのですが、アメリカとの国境が閉じた段階で「これはほんまにヤバそうや」と思い、緊急本帰国しました。

 

最後、友達にも会えなかったし苦渋の決断でしたが、あのタイミングで帰国してよかったなと思っています。

 

さらに留学中の学生だけではなく、これからの留学を検討していた学生達も影響を受けていることでしょう。

 

今秋から海外大に入学予定だが、そもそも入国できるのか。

入国できてもクラスがオンラインなら日本にいるべきなのか。

現在、高校生だが海外大学進学はやめておいた方がいいのだろうか。

当面のうちは多くの大学がオンラインで授業を行うが、オンライン留学は果たして意味があるのだろうか。

 

それではオンライン留学についての僕の考えをシェアします。

 

オンライン留学の是非について

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https://blog.johokan.jp/online_english_aus/

僕の大学もそうですが、国内外の多くの大学がしばらく授業をオンラインで行うことを発表しています。

 

僕も現在、オンラインで授業を受けていますが正直微妙過ぎます。

まあこれが最後の学期だったので、自分はラッキーだったと考えています。

 

それではオンライン留学のメリット、デメリットを比較していきましょう。

 

オンライン留学のメリット

日本にいながら海外大の授業を受けられる

 

よく言われるメリットが国内から海外大の授業を受けられることです。

僕個人としては「うーん。。」というのが正直な感想です。

やっぱりオンラインではディスカッションや質問もしにくし、ずっと画面を見続けるというのがそもそも退屈です。

 

しかし、国内、実家にいる限りは現地で必要になるはずだった生活費が要らなくなるので経済的なメリットはあるでしょう。

 

正直、これぐらいしかメリットが思いつかない、、

 

オンライン留学のデメリット

コストパフォーマンスが悪すぎる

 

僕の大学も含めて、ほとんどの大学がオンラインに授業が移行した後でも授業料が安くなっていません。

海外大学は基本的に学費がえぐく高いです。

学校側にも事情があるのは分かりますが、施設もキャンパスも使えないのに、従来の授業料を払うのはあまりにもコストパフォーマンスが悪いです。

 

人間関係を構築できない

 

オンラインの授業で親しい人間関係を構築するのは、ほとんど不可能でしょう。

留学のメリットの一つが世界中に友達ができることであるのに、これが出来ないのは大きなデメリットだと思います。

 

逞しくならない

 

留学は勉強だけではなく、むしろ勉強以外で学ぶことのために留学していると言っても過言ではありません。

人生の血肉になるのは机の上で学んだことよりも、自分で実際に経験したことです。

 

留学中はみんなめっちゃしんどい思いをどこかでしながら、それでも逞しく生きていく力を手に入れます。

オンライン留学でその逞しさを手に入れることは不可能でしょう。

 

学びの質が下がる

 

文系の科目でさえ、ディスカッションなどにおいてオンラインは不利です。

それなのに研究ベースの特別な設備が必要な理系の科目を、オフラインと同じ質でオンラインで行うのは不可能です。

 

学校や教授達も頑張ってはいますが、授業の質が圧倒的に下がっていることは紛れもない事実です。

 

そもそもオンライン留学は"留学"なのか?

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https://www.ryugaku.co.jp/interview/?category=uni

上記の理由から、僕個人の意見としてはオンライン留学はもはや留学ではないと思います。

 

僕も含めて留学生が自分の留学生活を振り返って思い出すことは、学校での勉強内容ではなくて、現地での生活や友達と作った思い出のはずです。

 

いくら世の中のオンライン化が進んでも、人は一人では生きていけません。

そういった意味でもオンライン留学は、留学の醍醐味をほとんど削り落としてしまった"機能的"で"便利"なシステムでしかないのではないでしょうか。

 

これはあくまで僕個人の意見で、留学の定義は人それぞれです。

逆にオンライン留学をチャンスと捉えられる方には、それに合った道が開けると思います。

 

今、このタイミングでの留学はありかなしか

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https://bokete.jp/boke/59839468

これから留学をするべきかお悩みの皆さんは、自分が仮に親だとして自分の子供が留学にいくことに賛成するかどうかで考えてみるのはいかがしょうか。

 

僕のここでの結論は子供が高校三年生以上であれば「なし」、それより下であれば「ありよりのなし」です。

 

理由は以下の三点です。

 

第二波がいつくるか分からない

 

日本もコロナは収まりつつありますが、いつ第二波が来るかは分かりません。

そもそもいつから留学を再開できるかも分かりません。

仮に来年、オフラインの授業が再開してもいつまた緊急帰国しなければいけないかは分かりません。

 

現在、高校一年生や二年生であれば、検討する価値はもちろんあると思いますが、それ以上だと少々厳しいのではないかというのが正直な感想です。

 

人種差別が怖い

 

僕がいたバンクーバーはそれほどでしたが、コロナ=中国のイメージが定着してからは、アジア人へのヘイトクライムのニュースを頻繁に見聞きします。

留学先の国にもよりますが、人種の問題は本当に怖いです。

 

 

やはり非常時は国内にいた方が安心

 

今まで国も留学を促進していましたが、正直今は外に討って出るのではなく、内でしっかり守りを固める時期である気がします。

 

国内だと多少離れていてもすぐに駆けつけられるし、医療レベルも保証されています。

そして、やはり「自国民」であることは強いです。

 

まとめ

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https://bokete.jp/boke/59839468

年齢にもよりますが、高校三年以上の生徒は現時点ではオンライン留学より、国内大学に進学して交換留学できる機会を待つ方が良いのではないかと考えます。

 

繰り返しになりますが、海外で生活出来ないのなら留学のメリットの大半を享受出来ません。

それなら国内の英語を使用して授業を行う大学に進学して、英語力を高めると共に国内で人間関係を構築する方が有意義な学生生活を送れるのではないでしょうか。

 

高い学費を払って一人寂しく机に張り付いて勉強するというのは、効率とか便利さとか置いておいてやはり辛くて寂しいものです。

 

留学業者なども大変なので一生懸命オンライン留学を勧めているところもありますが、実際の学生の生の声も参考にされた方が良いと思います。

 

しかし、留学をするしないに関わらず、留学について考えるプロセスでも学べることはたくさんあると思います!

じっくり自分の頭で考えて後悔のない選択をしてくださいね。

僕のネットいじめ経験談とAIにとって変わられる人間達について (後編)

前編はこちらからどうぞ!

 

koheid.hateblo.jp

 

こんにちは!

 

今回は前回の続きということで、主に僕がネットいじめを受けて学んだことと、AIにとって変わられる人間達について書いていきます。

 

 

 

ネットいじめを受けた経験から学んだこと

信頼できる人間のみと付き合う

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http://www.adrtoolbox.com/2014/04/intelligent-people-are-more-inclined-to-trust-others/

 

仲のいい友達からよく言われることですが、僕は人間関係を切る時は容赦なくその人を僕の世界から完全にシャットアウトします。

 

僕は基本的には誰とでも仲良くできるし、友達も一定数ちゃんといます。

また基本的には来るもの拒まず、去るもの追わずで、自分の大事な人はしっかり大事にするリラックスした人付き合いを心がけています。

しかし、これは超えてしまうとおしまいやで、というポイントがいくつかあります。

 

具体的には自身のアイデンティティ、または大切な人への悪質な攻撃があった場合に、僕はその人を見限ります。

 

別に相手に何かを危害を与えるわけではありません。

ただ相手を自分の世界から物理的、精神的に完全にシャットアウトするだけです。

 

そもそもこんな事態に陥ることはほとんどないのですが、その少ない事例が多少えぐい印象を残したのだと思います。

 

しかし付き合う人間をしっかり選ぶことで人間関係のトラブルは無くなったし、いいご縁に恵まれるようになりました。それが今の穏やかな人生に繋がっています。

 

痛みが分かるようになった

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https://www.azquotes.com/quote/364565


 

今も多少そうですが、僕は元々「他人は他人。自分は自分。」とドライな信条を持っていました。

 

ずっと受験戦争を戦って、他人と競争してきたというのもあったと思います。

 

しかし傷つけ、傷つけられることで初めて自分と他人の痛みを知ることになりました。人間、自分が経験したことでないと真の意味で理解することは出来ません。痛みもまたその一つ。

 

自分の痛みが分かるから、他人を傷つけようと思わないし、傷つけられることの辛さを知っているから、他人にも自分にも優しくできる。

 

そこまで完璧な人間にはなれないけれど、あの痛みが僕を少し人間に戻してくれたのかもしれません。

 

他人の痛みを分かろうとしている。それは武士としては大切なことだ。そういう侍がいなくなったから、世の中はこんなことになった。お前も傷付いた時には、痛いとも苦しいとも言わぬだろうな。

(壬生義士伝)

 

オンラインいじめが横行する理由

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https://www.reveantivirus.com/blog/en/effective-ways-stop-cyberbullying


 

ネットリテラシーの低さなども大きな問題ですが、僕はもっと本質的なところに原因があると思います。

 

それは道徳観の欠如と市場価値至上主義です。

 

道徳観の欠如

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https://psmag.com/social-justice/morality-can-trump-tribalism-83378


 元々日本に聖人君主が溢れていたわけではありませんが、日本人の思想が西洋から流れ込んできた個人主義、拝金主義に汚染されたのも事実です。

  

元々、東洋には孔子孟子などの優れた思想家達がたくさんいました。

日本にも「武士道」という概念があったり、「和を以て尊し」という言葉がある通り、道徳教育は盛んに行われていました。

 

僕は極端な懐古主義者ではないので、それらが絶対正義だとは言いません。

しかし、そのような文化のもと成長してきた国に、西洋式の教育、社会システムをぶち込んだ結果、様々な歪みが生まれ、その一つが日本人の道徳観の欠如であると考えます。

 

学校でも家庭でも社会でも、道徳を教えてもらうことなく育ち、当たり前のことを当たり前に出来ない人間の数が増えました。そして当たり前じゃなかったことが当たり前になってしまいました。

 

挨拶が出来ない、「ありがとう」「ごめんなさい」が言えない、他人を思いやれない等々。

 

別に体罰やハラスメントを肯定しているのではないです。

しかし、叱ってもらえないことで、道徳観を養えずに育った人間が増えたことも、社会でのいじめが増えた原因の一つではあると考えます。

 

市場価値至上主義

f:id:KoheiD:20200525160658j:plain

https://manablog.org/market-value/


そもそもなぜ親は子供を学校に行かされるのでしょうか。

 

義務教育だから、など様々な理由がありますが、その一つに「子供の市場価値を高めて豊かな人生を送らせてあげたいから」というものがあります。

 

市場価値とは簡単に言ってしまうとお金を稼ぐ力、すなわち年収です。

大卒の平均年収は高卒よりも多いし、大学のランキングと年収にも大きな関係があります。

 

子供に豊かな人生を送って欲しいと親が思うのは当然のことだし、その結果、子供に受験をさせて偏差値の高い学校に行かせてあげようとすることも自然なことです。

 

また親に勧められなくても、優秀な学生達は偏差値の高い大学を目指します。

これは彼らなりに、市場価値というものを理解し意識しているからでしょう。

 

これは大人になってからも続き、「常に自分の市場価値を理解しよう」「あなたは社外でも生きていける人間ですか?」と煽られ続けます。

 

その結果、生まれたのが市場価値至上主義です。

 

市場価値=年収=その人間の価値、といったものです。

 

この市場価値至上主義が人々を強制的に常に周りの人間と自身を比べさせることで、長期に渡って人々を苦しませる。そして自分より価値の高そうな人間の存在を疎ましく思うようになる。最終的にそのストレスの吐口をネットいじめに見出してしまう、というのは論理の飛躍が過ぎるでしょうか。

 

確かに生きていく上でお金は大事です。

僕自身も裕福な人間になろうと決めているし、そのためには自身の市場価値を高く保っておくことが重要なのも理解しています。

 

しかし、市場価値=人間の価値、とするのは違うと思います。

 

それでは人々をドラッグ漬けにして大金を稼ぐギャングは、他の人にも食べ物を分けてあげられるホームレスより人間として価値が高いのでしょうか。

 

罪を犯しても大富豪なら罪が軽くなるような世の中が、あるべき姿なのでしょうか。

 

僕はそうは思いません。

 

しかし、そんな綺麗事も真っ当な方法で力を手に入れた者が言うことでしか説得力は生まれません。なので僕はあえて一見、古臭そうな「士魂商才」という考えを座右の銘にして生きていこうと考えています。

 

また今はもてはやされている市場価値至上主義も、近い未来では時代遅れのものとされると考えています。次の章では、どんな人間がAIにとって変わられて、なぜ私達は人格主義の回復に努める必要があるのかを書いていきます。

 

AIにとって変わられる人間とは

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https://www.bigdata-navi.com/aidrops/1220/

昨今、AIにとって変わられる仕事リストなどが出てきて世間を騒がせましたが、ここでは僕が考えるAIにとって変わられる人間の特徴について書いていきます。

 

人間性の無い人間

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https://me.me/i/0-specia-lb-2-kg-0-bag-weight-gainer-apostle-1279ae38e9ac46fa8455413ec09c0c6f

人間と機械の一番の違いは人間性の有無です。

 

人情、友情、愛情、思いやり、道徳心

これらは人間にしか身に付けられないものです。

 

それなのに、その人間性を捨て去ってまで生産性、効率性をのみを追求するのは本質的ではないと僕は考えます。

 

軽トラに馬鹿でかいエンジンをぶち込んでハイオク満タンで「生産性上げてくで〜!」と気合を入れて、F1のレースカーと張り合おうとしているようなものです。

 

いやお兄さん、自分乗ってんの軽トラやで、け、い、と、ら!みたいな笑

 

いわゆる意識高い系の人々も、投資やキャリアアップのためのインプット / アウトプットをすることはあっても、道徳や人としてのあり方について学び直して人間性を高めようとしている人は多くないと感じます。

 

生産性、効率性にばかり気を取られて、僕たちは道徳を忘れ、人間性を失ってきているのではないでしょうか。

 

このまま人間性を失い続ければ、僕たち自身が機械に置き換えられることになるでしょう。なぜなら人間がいくら頑張っても、機械の生産性、効率性には勝てないからです。

 

人間なんて元々、効率の悪い生き物です。

100年も生きれば良い方だし、記憶力も限られている。

さらに生存のためには酸素、食糧、水、睡眠が必要です。

 

そんな不完全な人間が唯一機械に勝るところが、人間性を持っているところなのにそれを自らの手で無くしてしまうのは本末転倒では無いでしょうか。

 

軽トラにも軽トラにしか出来ないことがあるのです。

 

音楽をかけながらゆっくり走ることもできるし、未舗装路も走破できる。

何かを荷台に載せることも、誰かを乗せて一緒に走ることも出来ます。

 

F1カーで一人でビューンと舗装されたサーキットを決められた通りに高速で走り回るのは機械にやらせておけば良いのです。

 

僕たちは自分達にしかないもの、人間性の価値を再確認して、道徳というもっと本質的なところに目を向けるべきではないでしょうか。

 

バリュー民族

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https://note.com/toitoitoitototot/n/nb88aa22ac9ea

コンサルタント などを中心にwanna beコンサルタントピーポー達 (意識高い系を含む) に大人気なのが生産性、効率性至上主義です。またの名を時給思考、バリュー思考とも言います。

 

僕もこれらの人達と近い思考をしているかもしれません笑

 

「それのバリューは?」

「バリューだしてるの?」

「あなたのバリューは?」

「あなたの時給は?」

 

いつも"バリュー"などの横文字ばかり使って喜んでいるので、勝手にバリュー民族と名付けましたw (横文字ばっかり使っている奴らの大半って英語話されへんよな)

 

このバリュー民族の中でも様々な人がいて、本当に優秀な人はほんの一握りです。

あとは適当な自己啓発書を読んだりして"覚醒"しちゃったおめでたい方達です。

 

AIにとって変わられるのは、このおめでたバリュー民族です。

 

これからは仕事はどんどんAIが代わりにしてくれ、本当に優秀な一部の人間以外は仕事をしなくなる、というかできなくなります。そして現代社会では "無駄"で、"必要のないもの”が大事になってくるからです。

 

それは僕が繰り返し言っている道徳心や人情はもちろん、趣味や生きがいなどもそうです。

 

PDCAサイクルを効率的に回して、生産性をあげながら、自分の時給単価を高めることで、バリューを生み出すのもいいですが、"無駄"で"必要のないもの"を切り捨てるあまり、自身が無駄で必要のない存在にならないようにすることも大事です。

 

自戒の念も込めて書いているので、僕がこうなっていたらリアルの友達が止めてくれることを願っています笑

 

まとめ

 以上、僕のネットいじめ経験談とAIにとって変わられる人間達についてでした。

 

いじめの話がなんでAIの話になんねん、と突っ込まれそうですがそこはご愛嬌ということでよろしくお願いします。

 

あと最後に僕のオススメの本ですが「壬生義士伝」と「論語と算盤」をあげておきます。キラキラな自己啓発書も面白いですが、たまには読み応えのあるものを楽しむのもいいと思います。

 

この記事が面白かったなと思っていただけたなら、スターかコメントで教えてもらえると喜びます!

 

ほんなら!

 

 

僕のネットいじめ経験談とAIにとって変わられる人間達について (前編)

皆さんの多くもご存知のように、テラスハウスの木村花さんが亡くなりました。

原因はインターネット上の誹謗中傷だったそうです。

 

僕自身は帰国後、忙しくてあまりテラハは見ていなかったのですが、花さんがいた時は見ていたので驚きました。

ご冥福をお祈りします。

 

今回は花さんのような著名人がお亡くなりになったので、大事になりましたが、一般人でもインターネット上でのいじめに苦しんでいる方は大勢いると思います。

 

僕が日本の高校にいた時も、周りでインターネット環境を利用したイジメがありましたし、僕自身が被害者になったこともありました。また知らず知らずのうちに加害者になっていたこともあったかもしれません。

 

重い話題ではありますが、今回は僕の実体験を中心にオンラインいじめについて書いていきます。

 

 

 

ネットいじめとは?

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https://www.whatsup.co.nz/teens/cyber-bullying/

 

ネットいじめとはインターネット上で誹謗中傷を書き込み、対象者を攻撃するものです。昨今ではSNS上のコメントやメッセージ機能を利用したものが、一般的です。

人格を否定するものから、偽の情報流布による信用墜落を狙うものまで様々です。

 

一般的ないじめとの違い

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https://news.yahoo.co.jp/articles/46da8acadea2fda4c18ee766a486a2ec8e645bce

 

一般的ないじめを、現実世界で行われるものと定義するならば、具体例としては村八分や集団リンチなどがあります。パワハラモラハラ、仲間外れなども当てはまるでしょう。

 

これらとネットいじめの大きな違いは二つあります。

 

一つ目は、攻撃してくる相手が誰か分からない場合が多いこと。

言うなれば目隠しされた状態で、どこからともなくパンチが飛んでくるのです。

 

敵が分かっていれば、訴える、正面から潰すなど対処法もありますが、相手が分からなければどうしようもありません。

これが一番怖いところです。

 

二つ目は攻撃者の数が増えやすいということです。

 

リアルのいじめならば、攻撃対象者の数にも限度がありますが、オンラインだと無限に増えていきます。

 

数が少なければいいというものでは決してありませんが、やはり多いよりはマシな場合が多いことも確かでしょう。

 

いじめに良いも悪いもありませんが、いじめの中でもその匿名性、攻撃性からネットいじめが最も陰湿で凶悪だと僕は考えます。

 

ネットいじめが起きるメカニズム

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https://www.economist.com/international/2018/10/04/the-school-bully-has-moved-online-and-is-following-children-home

 

ネットいじめは世界的な問題になってきています。

30ヵ国で行われた調査によると、若者の三人に一人がネットいじめの被害者になったことがあるそうです。

www.dhakatribune.com

 

国によって共通する理由も、その国ならではの理由もあると思います。

それでは日本でネットいじめが起きる要因とはどのようなものなのでしょうか?

 

一番の理由は、日本社会の同調圧力が非常に強いことです。

 

生徒達は、小さい頃から学校で集団行動を給食や掃除当番などを通して学び、皆と同じように行動することを叩きこまれる。なので異端な存在、自分達と違う存在は許せなくなり、見つけしだい徹底的に叩く。

 

これは日本が農耕民族であったことも関係します。

 

農作物を作るには、狩猟民族的なやり方とは違い、常に集団で行動を共にする必要があります。それをできない者はコミュニティに害を及ぼすものとして、村八分などの方法によって徹底的に排除されてきました。個人のアイデンティティなどというものは必要なかったのです。

 

その名残が自粛警察などにも現れています。

 

これに加えて、日本では「こうあるべき」という人生の道筋のバリエーションが少なすぎます。

 

出来れば私立や国立の幼稚園、小学校に行かせて、その次は中高一貫進学校。そこから目指すは東大や京大、そして医学部。しばらく遊んだらみんなと同じリクルートスーツを着て、就活という壮大な騙し合い、蹴落とし合いゲームに参戦。進学先、就職先によって順当に勝ち組、負け組に振り分けられていく。

 

私立の方が公立より良いとかいった低次元な話ではありません。

ただ手元に十分なお金がある場合、上記のような人生を子供に歩ませたいと考える親は多いはずです。

 

こういった環境で、多くの生徒は受験のプレッシャーに晒されてやりたくもない世の中に出た時にあまり役に立たない受験勉強に明け暮れ、大人になっても日々やりたくもない仕事をする日々。

 

そんなストレスを抱えまくった若者や大人達が、ネットいじめという無リスクの集団リンチに興じるのも不思議ではないでしょう。

 

海外には日本より貧富の差が大きい国などもたくさんあり、一概にどちらが良いとも言えませんが、少なくとも生き方のバリエーションは多いと感じました。

 

大学にいくもよし、軍隊にいくもよし、農家になるもよし。

社会が嫌になればヒッピーにでもなって放浪の旅に出れば良いみたいな風潮もあります。

 

今回のパンデミックでもある国では「パーティーするためには、コロナになっても構わない!」と若者達がビーチに押し寄せて、翌週には本当に感染して病院送りになったりしています笑

 

こういうのは日本では起こりえません笑

 

このように個人主義全体主義の是非を問うことは難しいですが、これらの違いがネットいじめの苛烈さに影響を与えているとも僕は考えます。

 

僕のネットいじめ経験談

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https://www.dhakatribune.com/world/2019/09/04/un-1-in-3-young-people-victim-of-online-bullying

 

僕は中高一貫校に通っていたのですが、そこでネットいじめを受けたことがあります。

 

ちなみに僕は幼稚園、小学校、高校とほぼ全てのライフステージで何かしらの形でちょくちょくいじめられてきた経験があるという準エリートいじめられっ子ですw

 

太々しいかつ他人の目をあまり気にせず自分のしたいことをするのが日本人の目に障るのでしょう。しかもいじめられても徹底抗戦するか、不登校することで関わりをもたないようにしてきたので余計に憎たらしかったと思います。

 

僕は親に恵まれているので、僕が戦っている時はいつも背中を守ってくれたし、「学校いきたないねん」と言えば「じゃあ家で勉強しとき」と懐深く支えてくれました。

 

それもあって、自分で言うのもあれですがそこそこ素直で明るい人間に育ちました。海外の友達は僕がいじめられてきたことなど、思いもつかないと思います。

 

話を戻して、僕が受けたネットいじめについてです。

 

何年も前なので詳しくは覚えていないのですが、同級生の仲が良かったやつと些細なことで揉めて、さらに僕がそいつらの知り合いのべっぴんさんと仲良くしてたこともあり、色々こじれてしまいました。

 

ありもしない噂をネット上で立てられたり、その女の子の写真や電話番号をネット上でばら撒かれたり、挙句の果てには他校の先輩に僕のなりすましアカウントから挑発的なメッセージを送られたりもしました。

 

僕自身への個人的な攻撃ならば良いのですが、周りにも迷惑を欠けてしまい、自分の手には負えないと感じたので学校側に介入してもらいました。最終的に、主犯者数人を突き止めて、彼らと保護者を学校に呼び出してケジメをつけさせました。

 

僕の方にも非はあったのだろうし、人間なんて時間が経てば自分の都合のいいようにしか記憶を残さないものです。なので自分だけが被害者面するつもりはありませんが、それでも彼らがしたことを卑劣かつ非人道的だったことは事実です。

 

今では昔の記憶ですが、当時はかなり精神的にこたえましたし、そのあと何年もその時の記憶に苦しめられました。

 

実際に受けて感じたこと

 敵が誰か分からないという恐怖

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https://perfectsourcing.net/popular-posts/coronavirus-a-war-with-an-invisible-enemy/

やはり敵が誰か分からないというのが一番怖かったです。

 

学校では誰も殴りかかってきたりしないのに、オンラインではボコボコにされるのです。はじめの方はリアルで何も起きなかった分、より不気味でした。

 

夜、暗がりの中でケータイを開ける手が震えたことは今でも覚えています。

 

取り巻きという第二の加害者達

 

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https://kidsbookswithoutborders.com/rolies-in-the-bullying-cycle/

そんなこんなで僕達が抗争している時に、周りで騒ぎ立てる野次馬達も相当うっとおしかったです。他人の喧嘩なんか放っておけばいいのに「祭りだー!」などと騒ぎ立てて喜んでました。

 

男子校で女子もおらず、勉強のストレスも凄まじかったので仕方なかったのかもしれませんね。

 

著名人に批判的なコメントを送りつける輩はどうしようもないクズですが、それを喜んでシェアしたりする個人やメディアにも罪はあると考えます。

 

傍観者という冷徹な壁

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https://freespiritpublishingblog.com/2016/10/10/reinforcers-assistants-and-outsiders-how-to-help-bystanders-use-their-power-to-stop-bullying/


 

この傍観者という存在も被害者にとっては辛い存在です。

 

攻撃してくるわけでも、味方をしてくれるわけでもない。

 

もちろん彼らは争いに首を突っ込まないという正しい行動をしているのですが、彼らの目というものも何故か冷たく感じられて嫌でした。

 

後編へ

後編では僕がこの経験から学んだこと、ネットいじめを無くす方法、AIにとって変わられる人間とそうならない人間の違いについて書いていきます。

 

それでは後編でお会いましょう!

 

 

koheid.hateblo.jp

 

 

23歳になりました。

今日、5月10日に23歳になりました!

 

この前まで10代やったのに早いものですね笑

 

22歳の一年間も色々ありましたが、一番大きかったのは卒業後の就職先が決まったこととコロナでいきなり本帰国になったことですね。

 

就活であちこち飛び回ったのも良い経験になったし、何より一番行きたかった会社から内々定を頂いたのでとても嬉しかったです。自分の留学の成果が目に見える形となって現れ、自分がアメリカやカナダで頑張ってきたことが身についてきていることを再確認できて良かったです。

 

あとはカナダからの緊急本帰国ですね。

いきなり帰って来ることになってやっぱり寂しくはあったけれど、きっと僕がカナダですべきことはやり切ったから日本に呼び戻されたのかな、なんて気もします。

 

今年は内省の年になる予定なので、しっかり学問やスポーツに取り組んで自分磨きに励みたいと思います。あとはちゃんと秋に大学を卒業することですね。

 

過去数年間はひたすら爆速前進してきたので、帰国もしたことだし、ここらで一回腰を落ち着けて色々な自分のスキルアップに励み、また来年から新天地でしっかり力を発揮できるように力をつけたいと考えています。

 

具体的に達成することとしては、大学の卒業、資格の取得 (宅建、簿記、FP等)、IT系とビジネス英語のスキルアップ。あと肉体的な進化としてはランニング、スイミング、サイクリングなどに取り組んで基礎体力の強化に努めていきます。ロードバイクのレースやトライアスロンのレースにも出てみたいな、と考えています。

 

また来年からは新しい環境で忙しくなるので、今年一年を有意義な充電時間と出来るように毎日一生懸命生きていくことにします。

 

それでは今年も一年よろしくお願いします!

就活=婚活!? 見合い結婚も悪くないんとちゃう。(知らんけど)

 

 「それではこれから末長いお付き合いをよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

これは僕が実際に内々定先の人事部の方から頂いた言葉です。

別に結婚したわけではないです笑

 

もともと就活と婚活って似ているよな、とぼんやり思っていたのですが、この時それが確信に変わりました。

 

話は変わりますが、皆さんは恋愛結婚と見合い結婚、どちらの方が良いですか?

恐らく多くの方が恋愛結婚の方を選ぶことでしょう。

 

ちなみにこちらが厚生労働省が発表した恋愛結婚と見合い結婚の割合の推移のグラフです。

f:id:KoheiD:20200509231806g:plain

平成27年版厚生労働白書 - 人口減少社会を考える -

やはり恋愛結婚数の方が圧倒的に多いですよね。

 

それでは恋愛結婚とお見合い結婚の離婚率の違いはご存知でしょうか?

 

諸説ありますが恋愛結婚の離婚率が35~40%である一方で、見合い結婚の離婚率は10%前後だそうです。圧倒的に見合い結婚の離婚率の方が少ないですよね。

 

結婚願望がある人ならば、みんな出来れば離婚なんてしたくないはずです。

それならば確率論的に考えると、お見合い結婚を選んだ方が良いことは明らかです。

 

しかし、お見合い結婚の数は減少し続けているし、離婚率は高くなる一方です。

 

そもそも大半の人がこの事実を知らないと思います。

僕も何かの本で読むまでは知りませんでした。

 

ちなみに日本人全体の離婚率は約35%で、離婚する夫婦の大半が五年以内に離婚するというデータもあります。

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https://kumokatsu.com/konnin-kikan/

この辺りまで読んで僕の胸がザワザワし始めた僕は、新卒入社の離職率を調べました。(なぜww)

 

news.mynavi.jp

 

「!!?」

 

離婚が起きやすいのは結婚五年以内、離職が起きやすいのも新卒で働き始めて3~5年以内 ...

 

 「やはり俺の "就活=婚活説" は正しいのではないか!?」

(ただのこじつけ)

 

というわけで今回は、僕の「就活=婚活説」について書いていきたいと思います。

 

 

就活と婚活の相違点

1. 就職先と結婚相手の選び方

結婚も就職も人生において大事な決断ですよね。

 

これらの決断を下す際に、人々はどのようなものを基準にしているか調べてみました。

 

まずは就活編。

 

 

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https://www.mynavi.jp/news/2019/04/post_19872.html

こちらはマイナビが2020年に発表した「2020年卒マイナビ大学生就職意識調査」からの企業選定についてのデータです。

 

安定性、年収など一般的なものが上位を占めています。

 

そしてこちらが男女別の結婚相手に求めるものランキングです。

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https://cancam.jp/archives/697772

それでは、はじめのランキングの「会社」を「男/女」、あるいは「家庭」に変換してみて下さい。

 

安定している男、給料の良い男、これから伸びそうな男、社風(雰囲気)が良い家庭、一生続けられる家庭、、、

 

なんか似ていると思いませんか?笑

 

特に、見た目(世間体)、年収、安定性、価値観、将来性などは被っていると思います。

 

就活生は自分が何をしたいか分からない場合は特に、社会的信用が高くて世間体が良い会社や年収が良い会社に就職したがります。これは至極真っ当な行動です。

 

もちろん将来の安定性や成長が見込めるところも人気がありますよね。

 

これってそのまま結婚相手に求めるものと同じだというのはこじつけでしょうか笑

 

あとは自分と会社の価値観の合わない会社で働き続けるのは辛いし、自分と価値観の合わないパートナーと結婚生活を送ることも難しいです。

 

見栄やプライドのためにそのまま頑張り続ける人達もいますが、結局は溜まりに溜まった歪みがどこかで爆発して、離職、離婚などに繋がります。

 

それでは次は離職理由と離婚理由を比較してみましょう。

 

2. 離職理由と離婚理由

まずは離職理由から。

 

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https://corp.en-japan.com/newsrelease/2019/19432.html

まあ、なるほどねといったものばかりです。

 

そしてこちらが離婚理由の一覧。

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https://digitaldata-forensics.com/divorce/about/

 性格が合わない=人間関係が悪い / 社風が合わない、などは割とそのまま繋がるし、あとは精神的な虐待や暴力はランキングには載っていませんが、モラハラパワハラなどと似ています。

 

あとはお金関係、給与が低い、残業代が支払われない=生活費を渡さない、これまたランキングには載っていませんが家計収入の低さなども関連性があるのではないかと疑います。

 

例えば多少仲が悪くても、パートナーが年収一億の場合と無収入の場合ではどちらの方が離婚する確率が高いかは明白です。別にお金が全てだとは僕自身も思っていませんが、経済力は生きていく上で大事な力の一つです。

 

いくら働きがいがあってもずっと無収入では食っていけないですよね。

 

一方で将来性や、やりがい(生きがい?)の有無等は離婚原因にはあまりなり得ないようです。不仲の原因ぐらいにはなりそうですけどね。

 

それではなぜ就活、婚活におけるミスマッチ、すなわち離職、離婚が起きるのかを僕の独断と偏見で考察していきます。

 

離職と離婚の原因

就職 / 離職パターン別

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https://shigotofield.jp/events/200314am_growup

まず就職先を決める際には、大きく分けて二つのパターンがあります。

 

一つ目は自分の第一志望の会社に無事内定して、そこで働き出すパターンA。

自分が行きたかった会社で働けるから嬉しいし、入社前の期待も膨らみまくります。

また少数ですが3~5年働いて、転職しようと考えるジョブホッパー型もいます。

 

もう一つは行きたいところは落ちたから、内定もらった中から一番マシそうな会社に就職するパターンB。

就職浪人はしたくないから、とりあえず受かったところに就職する。

入ってみたら意外と良かったり、やっぱり一番入りたかったところへの未練が断ち切れなったりと色々。

 

そして離職するパターンは大体三通り。

 

一つ目は思ってたんとちゃうパターン a。

入社前に自分が勝手に抱いていたイメージと現実が違いすぎてOMGになってしまう。

しばらくは頑張るけどやっぱり無理やわと思って、こっそり転職先を探し始める。

 

二つ目はやっぱりうちあかんわパターン b。

第一志望ではないところで働き出して、元々期待値が低かったのに現実はそれをさらに下回る環境で「なんとかなるかも知れんと思ったけど、やっぱりあかんかったわ」という結末。転職したからといって今より良い環境のところで働けるかは微妙だから迷う。

 

三つ目はポジティブさよならパターン c。

働き始めてもコツコツ努力をし続けてキャリアアップをして、より待遇の良い会社に転職する or 独立する。

恐らく数は上記の二つと比べたら多くない。

 

大体パターンA→a かパターンB→b が多いと思います。

 

結婚 / 離婚パターン別

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https://tamori-yu.com/kekkonsurumaeni-book/

続いて結婚する場合について。

 

一つ目はこの人しかいないと思って(思い込んで)結婚するパターン A。

大体の結婚がこれに当てはまるのではないでしょうか。

結婚時が愛のピークである場合が多い。

 

二つ目はここらで手を打っておこうか婚のパターンB。

年齢、親や親戚からのプレッシャーなどにより、とりあえず高望みは諦めて自分の身の丈と合う人と結婚する。期待値が低い分、意外とこちらの方が長続きするのではと思ったりもします。

 

離婚パターンは色々あるでしょうが、基本的には良いと思って相手が思ったほど良くなかったパターンか、ちょっとあかんそうな相手やったけどやっぱりあかんかったパターンの二つではないでしょうか。

 

離職 / 離婚の共通点

上記の内容を踏まえて、離職と離婚の共通の原因を探っていきます。

 

1. 無理をした / 嘘をついた

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https://stampo.fun/s0007_32/

就活であるなら、面接で嘘をついた、面接官に気に入られるために思ってもいないようなことを言ってみた、「御社が第一志望です」バズーカーをぶっ放しすぎて自分でもどこに一番行きたいのか分からなくなった等々。

 

婚活であれば、結婚相手の理想の姿に合わせるために、本当の自分を押し殺した、自分を犠牲にしながら相手に合わせすぎたなどでしょうか。

 

要するに無理して何とかその場しのぎは出来てもどこかで歪みが溜まって爆発してしまうよね、ということです。

 

2. 期待値が高過ぎた

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https://cybozushiki.cybozu.co.jp/articles/m001128.html

就活であるなら、第一志望の会社に内定して嬉しくなるあまり、自分の中の期待が高まり過ぎて、いざ働き出した時に現実とのギャップに苦しむ等。

 

婚活であるなら結婚時の愛情レベルが不変的に永続するものだと思うこと、パートナーの収入が上がり続けることを期待すること、などでしょうか。

 

人間極度に嬉しくなると中々冷静な判断を下せなくなるものです。

僕も調子に乗りやすいタイプなのでよく分かります笑

 

そいう時は自分のことを分かっている人達の意見も聞くことが大事です。

(そして大抵みんな自分の判断を信じて痛い目に合う)

 

3. 見栄、ステータスにこだわりすぎる

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https://proverb-encyclopedia.com/miewoharu/

就活であるなら、自分に向いていることやしたいことよりも社会的ステータスが高い会社や、いわゆる親が喜びそうな会社に就職する、入社したら会社の看板を掲げて偉そうにする等。

 

婚活であるなら相手のステータスを自分の価値を高める目的で付き合ったり、結婚する。 (e.g. こんな美人の奥さんがいる俺はすごい、こんな金持ちの旦那がいる私はすごい)

 

どちらにも共通することはこのような選択をとる人間は中身が無いか、実力が無いということ。いくらすごい会社に入っても、社外で役に立たない人材だったらあまり意味が無いし、いくら自分のパートナーのステータスが高くてもそれが自分自身の価値に加味されるわけでは無い。

 

本質という概念を理解出来ない人間にありがちなパターン。

 

4. 勝ち組 / 負け組 という虚構の概念に振り回される

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http://gogoteab.jugem.jp/?eid=202

就活であるなら就職偏差値ランキング上位の会社や平均収入の高い企業に入れれば勝ち組。逆に誰も知らないような企業にいったり、無い内定になれば負け組。

 

婚活であるならばイケメン、高身長で金持ちな旦那 / 若くて美人な嫁 をゲットできれば勝ち組。ダメなパートナーとくっついたり、結婚できなかったら負け組。なんてところでしょうか。

 

日本はこの「勝ち組 / 負け組」の概念が強すぎる気がします。

 

もっといえば非常に排他的で全てを何かの枠に入れなければ気が済まない、多様性という概念を受け入れにくい人が多いです。

 

島国で暮らす単一民族としては自然なことですけどね。

 

そもそも他人の価値観と自分の価値観は違うのに、誰かが欲しいもの / メディアによる洗脳によって欲しいと思わされているものを追い続けることで本当に幸せになれるのでしょうか。

 

ひと昔前はメガバンやメーカーに就職出来れば"勝ち組"でしたが、今はどちらも当時の勢いはありません。今、総合商社や外コンに就職して"勝ち組"とチヤホヤされてもこの先どうなるかなんて分かりません。

 

結婚して幸せになる人もいれば、独身のまま豊かな人生を送る人もいる。

それを、一般的に高ステータスの分類に属するパートナーと結婚しないと幸せではないとするのは強引すぎやしませんか。

 

"成功"や"幸せ"の定義なんて人それぞれなんです。

 

あなたの正解は彼にとっての間違いかも知れないし、あなたにとっての幸福と僕にとっての幸福は恐らく違うはずです。

 

僕たちが重要な決断を下す時に必要なことは、ありもしない世間の目やメディアに植え付けられた虚構の概念に振り回されることなく、自分に正直になって物事の本質を捉えることだと考えます。

 

そもそも離職 / 離婚は悪なのか

誰でも離職、離婚はしたくないはずです。

もちろん僕も出来ればしたくないし、安定的な生活を送りたいと思うのが人間の性です。

 

それでも僕は離職や離婚は悪だとは思いません。

 

いつまでもブラック企業で苦しみながら働くよりは、さっさとやめた方が良い場合もあるだろうし、相性の悪いパートナーとは離れた方がお互いのためということもあるでしょう。

 

何でも白黒つけたがる西洋的な二分法的思考法はそもそも日本人にはあっていないのです。

 

僕自身も結構白黒つけたがってしまうタチなので出来るだけ気をつけるようにしています。

 

結論 (?) 

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https://www.irasutoya.com/2015/05/blog-post_328.html

そもそもこの記事を書こうと思い立ったきっかけは、

 

1. お見合い結婚も実は悪くないんじゃね

 

2. 就活もお見合い形式を試したら良いんじゃね

 

と思ったからでした。

今までのクソ長い無駄な前置きは何やってん

 

お見合い結婚のことは分からないですが、僕はお見合いっぽい形式で就職先の会社と出会いました。

 

僕は海外大学生枠採用で、国内生と同じように僕も海外生用の就活会社に登録して、リクルーターさんについてもらっていました。そしてその就活会社主催のジョブフェアに参加していたのが、僕の内々定先の企業だったのです。

 

当時は全然志望度も高くなかったのですが、第一志望の会社と同じ業界だということで受けてみたら凄く相性が良くて、気づけば自分の中の第一志望になり、そして内々定を頂いていました。

 

内々定が出るまでの間、リクルーターさんが僕とその会社の橋渡しをしてくださったのも大きかったと思います。

 

今振り返れば、人や物に限らず第一印象の良かったものって結局あまり良くなかったり、自分の中に残らなかったものが多かったけれど、初めの印象がイマイチだったものほど結局良かったことが多かったなと感じます。

 

なので皆さんも就活中なら食わず嫌いをせずに色んな会社の人と話してみることで、自分の世界が広がって、自分が本当に欲しかったものが見えて来るかも知れません。

 

僕も今回の件で学んだことを将来の婚活で生かそうと思っています!(謎)

 

ほいなら!